ツイートが世界を回るとき

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この記事は実話を基に関係者へのインタビュー、および独自取材により構成したものです。特記がないかぎり、登場する人物・団体の名称は仮名を使用しています。
取材にご協力いただいた皆さま方、ご協力に深く感謝します。
We really appreciate your cooperation.

ツイートが世界を回るとき

2010年2月27日午前7時-8:2の崩壊

ベッドから出たら、温かいコーヒーを淹れて、ホットドッグを食べる。シャワーに入り着替えをする。9時に車でオフィスに向かう。11時に経理部内のミーティングがある。ミーティングが終わったら早めにランチ。午後は月次の経理処理を一気に片付ける。会社が終わったら、ジム。夕飯は夫のケビンと近くのレストランで済ませて、11時には眠る。

朝、目が覚めた時、ベッドの中でその日一日の段取りを考える。それがシェラの一日の始め方だ。大抵の日は8割が予測通りに進み、2割が予測範囲外のことが起こる。ミーティングをキャンセルされたり、急の来客があったり、ばったり旧友と再会したり、車のキーをなくしたり、人から映画のチケットを貰ったり。この8:2の割合が崩れると、1日はとても退屈だったり、収拾がつかないほど混乱したりする。

この日、コーヒーを飲みながらテレビを付けた瞬間、シェラのその日の8:2は完全に崩れた。

2010年2月27日午前7時半-第一次パニック

「本日未明、チリ中部沿岸でマグニチュードは8.8の大規模地震が発生しました。現在、被害の状況を確認していますが、多くの建物、家屋が倒壊し、死者は300名以上、行方不明者は500人以上になるとみられます。各地の震度は次の通りです。」

「ケビン!ケビン!」

アナウンサーの声を聞きながら、まだベッドの中にいた夫に向かって叫んだ。

「アリスが!アリスが!どうしよう、どうしよう!」

「シェラ、落ち着いて。アリスがどうしたの。」

「チリで地震があったのよ。今アリスはサンティアゴにいる。たくさんの人が死んでいるみたい。アリスはどうしているかしら。きっと外国で一人ぽっちで泣いているわ。どうしよう。だからチリなんて、一人でチリなんて、危ないと言ったのに。ああ、あの時、なんで止めなかったのかしら!いつかこんなことが起こるような気がしていたのよ!」

「シェラ。落ち着いて。地震があったんだね。とにかく、僕が電話をしてみるから君は落ち着いて。きっと彼女は大丈夫だから。」

「ああ、そうね、そうね。ちゃんとニュースを聞かなくちゃ。チリは縦に長い国だものね。震源とサンティアゴは離れているかもしれない。」

しかし、アナウンサーは冷静にサンティアゴの震度は7だと告げた。

2010年2月27日午前8時-電話回線

ケビンは電話をかけ続ける。アリスの電話は不通だった。彼女のオフィスも電話はつながらない。アメリカに住んでいるアリスの夫のブライアンの家の電話も話し中になっていてつながらない。きっと、ブライアンもアリスに電話をかけようとしているのか、あるいは他の人との電話で忙しいのだろう。

「ケビン、アリスにテキストメッセージと電子メールを送ってみたわ。しばらくすれば返事があるかもしれない。メッセンジャーやSkypeはオフラインだからだめ。」

シェラは少し落ち着きを取り戻し、ケビンに伝えた。ニュースでは、現地は停電が発生し、電話回線も不通になっていることを伝えている。壁が崩れ落ちたビルや瓦礫に埋もれる道路、運ばれるけが人など、混乱した現地の様子が生々しく映しだされる。

2010年1月9日午後6時-アリスの出発パーティー

アリスはシェラの弟のブライアンの妻だ。彼女は大学で南米の地質学の研究をしており、度々南米の各国に渡り、現地での調査活動を行っている。今回は1月中旬から6月中旬までの期間、チリのサンティアゴの研究所を拠点として、調査活動をすることになっていた。

聡明で明るいアリスは、シェラの家族からとても愛されていた。同じく研究者であるブライアンが慎重で、研究室内での実験や分析を好むのに対し、アリスはいつも現地に赴き、地面を掘って地下に潜ったり、岸壁を登って土の採取をする方法を好んだ。

最後に会ったのは、シェラとアリスの両親、シェラ夫婦、ブライアン、その他親しい友人を集めた出発パーティーの時だった。みんなでターキーを食べ、チリワインを飲み、そしてなによりアリスとの会話を楽しんだ。この時、アリスの活発さに触発され、シェラもアリスの滞在中にチリに旅行する約束をした。

「私、シェラは絶対に南米に向いていると思うの。絶対に来てみたほうがいいわよ。」

「そうかしら。私は怖がりだから、英語が通じなくて生活スタイルも違う国ではやっていけそうもないわ。」

「そういうこと言う人に限って、すぐになじんで、永住したいなんて言い出すのよね。」

「さすがにそれはないわよ。でも一度は行ってみるのも楽しそうね。」

あの日の約束はまだ果たされていない。

2010年2月27日午前9時-待つ以外に何ができる?

電話が鳴る。シェラが受話器を取る。ブライアンからだった。

「ああ、ブライアン、ニュースを見たわ。アリスは大丈夫なの?」

「それが僕にもわからないんだ。もしかしたらそっちに何か連絡がいっていないかと思って電話したのだが、その様子じゃなさそうだね。」

「現地では電気も水も電話も使えない状況になっているんだって。現地に入ることはできないのかしら。」

「当分は無理だそうだ。このまま情報を待つことしかできないな。何か新しいことがわかったら連絡する。」

受話器を置き、シェラはケビンにブライアンも連絡が取れていないことを伝えた。

「ああ、いても立ってもいられない。ねぇ、待つ以外に何かできることはないかしら。」

パソコンに向かっていたケビンがシェラを手招いた。

「Googleがチリ地震専門の人探しのための特設サイト(http://chilepersonfinder.appspot.com/)を作ったみたいだ。ここで彼女の情報を聞いてみよう。」

「すごい!探している人の情報を登録すると、その人の安否を知っている人が情報を書き込めるのね。」

「それにTwitterでは、何人かの人が現地の様子をリポートしているみたいだ。みんな、地震の情報は、#chile #quakeというハッシュタグを使ってポストしているから追いやすいよ」

「あっ!Twitterで聞いてみたらいいじゃない。アリスは無事ですかって!」

「いいね。早速、やってみよう。」

2010年2月27日午前9時半-Twitterへのポスト

シェラはTwitterを開き、情報提供を呼びかけるツイートを投稿した。

『アリス・ワーレンに関する情報があれば、Chile Earthquake Person Finderに情報をお願いします。または私にご連絡ください。至急。#chile #quake』

シェラのフォロワーは、友人や知人を中心に200人弱。そのうち、何人がツイートを見て、反応してくれるだろう。そこからさらに、実際に彼女の情報を知っている人にたどり着く可能性はどれくらいなのだろうか。こんなことをしても無意味ではないか。不安がわき上がってきた。しかし、何もしないよりはましだろう。

「お願いアリス、無事でいて!」

祈りを込めて、送信ボタンをクリックした。

2010年2月27日午前10時半-飛び交う@とRT

Twitterに投稿してから1時間。シェラのツイートは次々にリツイートされていた。彼女に対し、より詳細な情報を尋ねる@返信も届き始めた。

「あ!ケビン、見て!現地の人からの返信がきたわ!」

『@シェラ 私チリ住んでます。手伝えること、ありますか。メール下さい』

スペイン語を第一言語とする男性、ユアンからの返信であった。シェラは急いでユアンのメールアドレスに宛てて、アリスの電話番号、彼女の住むエリア、アリスの特徴などを送った。

すぐにメールの返事が来た。

『その地域、被害大きい、電話通じない。住所あれば、見に行ってくる。歩いて1時間で着く。』

シェラは、アリスの住所を送り、顔も知らぬユアンの親切に感謝した。

2010年2月27日午前11時-祈りとつぶやき

シェラのTwitterのタイムラインには、アリスの安否を気遣い、シェラを励ますメッセージが続々と届いた。シェラは高ぶる気持ちを抑えて、キーボードを叩く。

『アリスを探してくれる現地の人が見つかりました。Chile Earthquake Person Finderにも投稿しました。とりあえず、待つことだけです!』

さらに、そのポストへの返信がタイムラインを埋めていく。

『@シェラ ラッキーだね!きっと、その人がアリスを見つけてくれるはず。元気を出して!』

シェラは、Twitterのフォロワーたちからの励ましを見て、自分が見えない手によって優しく支えられていることに気づいた。その人達は、シェラだけでなくアリスも、探しに出たユアンのことも支えている。Tweeterという一つのツールによって、見えない手が見えるメッセージになって、彼女のタイムラインを流れていく。

2010年2月27日午前12時-知らせ

アリスについての最初のツイートをしてから、2時間半後、1通のダイレクトメッセージが届いた。シェラはその1行を見て、床に座り込んだ。

「ケビン、見て。ユアンのメッセージよ…」

駆け寄ってきたケビンもメッセージを見るなり彼女の横に座り込んだ。

『アリス見つけた!彼女は無事。落ち着いて、と言っている。彼女は元気にしてる』

その後、ユアンからの電子メールが届いた。

『シェラ、
アリス、彼女の家の近くの避難所にいた。彼女のアパート、すこし壊れている。住んでいる人、みんな避難所いる。彼女はケガをしていない。この地域の被害は大きい。けれど、水、食べ物はある。大丈夫。アリスは話を聞いて、びっくりしたけど、笑った。安心してください。家族に愛されているアリス、家族を愛しているアリス、うらやましい。
きみの友だち、ユアン』

シェラはメールに返信をする。

『ユアン、
アリスは元気なのね、大丈夫なのね!本当にありがとう。あなたの親切で私たち家族は救われました。あなたの勇敢さ、思いやりに感謝します。ユアン、あなたは私たちにとって、ヒーロであり、そして家族です。近いうちにあなたの住むマリアリを訪ねます。一緒に夕飯を食べましょう。実際に会って、あなたの話をもっと聞かせてください。
あなたの友だち、シェラ』

続けてTwitterを開く。

『アリスが無事だという知らせをたった今受け取りました。ありがとう、ユアン、そしてTwitterで応援してくれた人たち!』

フォロワーからの祝福に混じって、ユアンからの返信がくる。

『あなたたちを助けられたこと、うれしい!』

2010年2月27日午前12時半-0:10の1日

シェラはアリスの夫のブライアンに電話をした。ブライアンは知らせを聞いて叫んだ。

「本当かい!ありがとう、ありがとう。すごいな、Twitterで人探しができるなんて!」

「私も信じられないわ。たった一つのツイートで見知らぬ人が動いて私たちを助けてくれるなんて。」」

シェラは電話を切った後も、興奮が冷めやらずにTwitterを見ていた。いろいろなつぶやきが流れていく。幸せな人も、悲しい人も、困った人も、助ける人も、暇な人も、忙しい人も、つぶやいている。タイムラインで出会うかどうかは運次第。でも、必要な人同士は引かれ合う。そしてつながっていく。

「シェラ、お腹が空いたよ。ランチにしよう。僕は午後からこのまま家で少し仕事をするよ」

ブライアンがキッチンでホットサンドを作り始めた。

「私は今日は一日休みにするわ。部屋を少し片付けて、明日は早めに出社する。」

シェラは今日は、0:10の日だったなと思った。でも、家から一歩も出ずに素晴らしい出会いがあった。

「大変な一日。だけど、素晴らしい一日。」

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