私がTwitterにはまったワケ

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addictive

私はTwitter中毒?

最近ふと気がつくとTwitterの画面を見ている気がする。

それほど頻繁にツイートするわけではないけれど、流れていくタイムラインが気になってついつい開いてしまう。

いったいどれくらいの時間をTwitterに費やしているのだろうか。なぜ私はこんなにもTwitterにはまっているのだろうか。私はTwitter中毒なのだろうか。

Twitterで始まりTwitterで終わる一日

朝、起きるとまず枕元においてあるiPhoneを開く。時間を確認すると、Twitterのアプリケーションを開く。朝一発目のツイートをして、他の人のツイートを見ていく。起きたとか、今日も仕事だとか、天気が悪いとか、ニュースの話とか。

会社に行く電車の中でもTwitter。電車が遅れているとか、前に座っている人が「土竜の唄」を読んで朝から号泣しているとか、そんな他愛も無いことがタイムラインを流れていく。

会社に着くと、メーラーを立ち上げると同時にWebブラウザも立ち上げる。Webブラウザのタブの1つはTwitterを表示している。プログラムを書きながら、合間、合間にちらちらと見ている。この時間は仕事の話とか、話題の記事のリツイートなどが多い。

帰宅前に同僚と会社近くの中華料理屋で軽く飲む。飲みながら話しながら、たまにTwitterを見る。同僚もTwitterをやっているけれど、私ほどははまっていない。

帰宅の電車の中でもTwitter。飲み会中だとか、残業中だとか、シド・バレットはなぜピンク・フロイドをやめたのかといったツイートがタイムラインを流れている。家に帰ってから寝る前におやすみツイートをしてベッドにもぐる。

必要な情報は何割?

なぜ私はTwitterをやるのか。

以前は、情報収集のためと答えていた。だけど、フォローしている人が600人を超え、混沌とした私のタイムラインの中で、本当に必要な情報はいったいどれくらいあるのだろうか。思い返すと、記憶しようとも思わないどうでもいい情報ばかりだ。読んでよかったと思う情報は、5%にも満たないかもしれない。

不特定多数の人とのコミュニケーションが楽しいと答えていたこともあった。たまにもらえる@返信は嬉しい。私はそれを求めてTwitterを開くのだろうか。

ネット中毒の歴史

私がオンラインのサービスにはまったのはこれが初めてではない。

古くは1998年に遡る。私はプログラムを書くことの楽しさを知り、日々新しい情報を求めていた。ある時、IRC(Internet Relay Chat)というチャットサービスを知った。IRCは特定のテーマについて多人数でチャットができるサービスだ。そのころは世界中のギークたちがIRCに集まって、熱い議論を交わしていた。私も時間があればそこにログインし、流れていくログを追っていた。私はほとんどROM(Read only Member)だったが、たまに発言することもあった。

最新かつ重要な情報はすべてそこにあると思っていた。チャットルームに入らないと情報についていけない。強迫観念的に毎晩遅くまで流れていく文字を追っていた。あの雰囲気は今のTwitterに似ていなくもない。

しかし、ある時その情報量を消化できていない自分に気がついた。そうしたらとたんに冷めた。私はIRCを使わなくなった。

社会人5年目くらいのころに、オンラインゲームにはまったこともある。いわゆるMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)だ。平日の夜の2時間と休日に出没するごく普通のサラリーマンゲーマーだ。適当なクランに入り、メンバーと一緒にひたすらダンジョンを回っていたが、仕事が忙しくなってだんだん足が遠のいた。

その後仕事が落ち着き、久しぶりにログインしてみたら、クランのメンバーがほとんどいなくなっていた。以前ほどのやる気もないし仲間もいないので、そのままPCからゲームをアンインストールし、それ以降はまったくやっていない。

1年前、携帯のメールにはまっていたこともある。当時好きだった相手がメール好きで、会えない休日などはひたすらメールをしていた。他愛もない、今となっては何を話していたのかも思い出せないような内容だ。しかしそのころ、私はメールを着信しては送信し、また着信を待つということを延々と繰り返していた。結局、相手に振られてメールもおしまいになった。正直、今思い返すと他にもっと有意義な時間の過ごし方がいくらでもあったと思う。

Twitterにはすべての要素がある

私がTwitterにはまっている原因はうすうす気がついている。Twitterには、私がはまったオンラインサービスのそれぞれの要素がすべて含まれているのだ。

  • 最新情報が得られるという感覚
  • 仲間がいること
  • @返信の喜び
  • まず、IRCにはまった理由は最新情報が得られることだった。Twitterも同じだ。各方面の専門家や有名人、知識人がつぶやいている。そのツイートを読むことは知識欲を刺激する。そして、最新情報を知っているという優越感にもひたれる。

    オンラインゲームは、ゲームそのものよりも、自分と同じような仲間が同じようにプレイしていることがはまった原因だ。Twitterにはフォローしている人、フォロワーがいる。彼らとの馴れ合いのようなやりとりは、オンラインゲームのクランに近い。

    メールは好きな相手が返信してくれることが私を刺激し続けていた。自分が書いたメッセージに対するささやかな報酬のようなものだ。Twitterでも自分のツイートを見た誰かが@で返信をくれる。これが嬉しくて何かつぶやいたあとは、ついついTwitterをチェックしてしまうのだ。

    ランダムで何かが起こる

    こうした3つの要素が詰まっていることに加え、もう一つTwitterには恐ろしい魔力がある。この3つはランダムに発生するということだ。

    ラットを使った実験の話を聞いたことがある。
    設置されたレバーを引くと餌が落ちてくるような仕掛けがある。
    レバーAは、レバーを引くと100%餌が落ちてくる。
    レバーBは、レバーを引くとランダムで餌が落ちてくる。

    レバーAのとき、ラットは空腹時にしかレバーを引かなくなる。レバーBのとき、ラットは何度でもレバーを引こうとする。

    もちろん私はラットよりも賢いつもりだが、餌があるかもしれない、ないかもしれないという報酬の不確実性が執着度をあげているような気がするのだ。

    最新の情報を手に入れられるかもしれない。仲の良い人がタイムラインにいるかもしれない。@返信が来ているかもしれない。そう思ってTwitterを開いてみたとき、最新の情報が手に入れられなくて、仲の良い人もオフラインで、@返信もなかったとしても、それは問題ではないのだ。

    Twitterを閉じる

    オンラインサービスはふとしたきっかけで熱が冷める。

    ある朝、いつものように電車の中でTwitterを見ていた。ある新聞記事について「こんなことがあるなんて信じられない」「捏造であって欲しい!」というツイートとそのURLが載っていた。クリックした。

    切り抜いた新聞記事の画像が表示される。ある事件で男が逮捕されたというものだった。

    でもそれはよくできたコラージュだった。つまりフェイク記事だ。逮捕の根拠とされている法律は聞いたことがない。発行元の新聞社名も表示されないようになっている。

    なんでみんなよく確かめもせず、こういうジョークを信じて騒ぐのだろう。ちょっと考えれば嘘だとわかるのに。急に冷めた気がしてTwitterを閉じた。

    私はiPhoneのMusicライブラリを開き、ピンク・フロイドのエコーズを聞き始めた。15分が過ぎ降車駅に近づいたが1曲が終わらない。この曲いつ終わるんだよ。最近始めたFacebookを開き「ピンク・フロイドのエコーズ、かっこいいけど長い!」と書き込んだ。何人が「いいね!」をつけてくれるか楽しみだ。

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