思い出ストレージ

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最後は山田さんか。
山田さんは他の利用者さんと比べて少し面倒な人だ。介護という仕事に携わる身としては、こんなことを思ってしまうのは良くないと頭では分かってはいる。でも、この仕事を始めてまだ半年足らずの僕には、全ての利用者さんに対して分け隔てなく同じ気持ちで接することができない。

エンジンを切り車を駐車すると、気持ちを切り替えるように僕はバンの扉を一気に開けた。

「山田さん、こんにちは。お体の方はどうですか?」

パートナーであるベテラン介護士の武田さんが声をかけるが、山田さんは布団にくるまったままで、こちらに見向きもしない。耳が遠いわけでも、寝ているわけでもない。2年ほど前に車との接触事故で足をけがして以来、外を出歩くことがままならなくなり、少し偏屈になってしまったらしい。他人はおろか、家族ともほとんど会話をしなくなってしまったと聞いている。

「ほら、おばあちゃん。介護の皆さんが来てくれたわよ。」

少し申し訳なさそうな顔をこちらに向けながら、山田さんの娘さんが声をかけた。
山田さんは面倒そうに布団の中でもぞもぞと体を動かし、こちらに顔を向ける。

「あら、今日は顔色も良くって元気そうね」

武田さんがこの場の雰囲気を振り払うように大きな声で言うが、山田さんは相変わらずの無反応だ。

いつものことだが、やはり堪える。できるだけ早く仕事を済ませてしまって早々に退散したいのだが、介護士にとってはメンタルケアもひとつの重要な仕事である以上、急かすことはできない。こんな小さなことで心が動いてしまう自分には、介護士という仕事は向いてないのかもしれない。

結局、山田さんは僕らと一言も話すことなく仕事は終わってしまった。いつものこととはいえ、どっと気疲れを感じる。玄関先で靴を履いていると、「淳子」という声が奥の間から聞こえた。山田さんの声だ。娘さんが慌てて、奥の間に消えていった。僕らももう一度、上がろうかと思った時、娘さんが奥の間から現れた。

「ごめんなさいね。ちょっとお話したいことがあるそうなの。」

娘さんは僕の顔を見ながら、ちょっと困った顔で言った。
何か不備があったのだろうか。僕は今日の仕事を思い返した。しかし、特に思い当たる節はなかった。武田さんに助け舟を求めたが、行ってきなさい、と僕にそっと目配せしただけだった。

何か理不尽な理由で怒られるのだろうか。そんな気持ちのまま、娘さんに促されながら奥の間に再び向かった。

奥の間で山田さんは半身を起こしていた。こちらが入ってきたのを見ると、娘さんを手招きし、何か耳打ちをした。

「ちょっと私、お茶を入れてくるわね。」

娘さんはそう言い残すと僕を置いて奥の間から出て行った。
山田さんと二人きり。一体、何を言われるのかと内心びくびくしながら、僕は棒立ちになっていた。そんな僕を見ながら、いつものしかめっ面で枕元から紙切れを取り出し、僕に渡した。そこには、書きなぐったような文字で「Facebook、takashi yamada」とだけ書かれていた。

takashi yamadaというのはお孫さんの名前だ。確か、今は地方の大学に通っており、遊びに夢中でほとんど帰省していないと娘さんが呆れていたことがあった。これはお孫さんのFacebookアカウントなんだろう。僕は直感した。山田さんはお孫さんと連絡が取りたいのだ。

「これはFacebookのアカウントですね。お孫さんからもらったものですか?」
「あぁ、でもさっぱり何のことか分からなくてなぁ。」

山田さんは寂しそうにそう言った。

「まかせてください。」

娘さんにお願いしてノートPCを奥の間まで持ってきてもらった。
人のアカウント取得を代行するという行為には抵抗を感じるし、もしかすると規約に反しているのかもしれない。が、そんなポリシーよりも、重要なのはお孫さんと連絡を取ることだ、と自分を納得させて山田さんのFacebookのアカウントを取得した。

お孫さんもすぐに見つけることができ、フレンド申請を行った。

「写真もあるのかね?」

お孫さんのプロフィールページに掲載されている何枚かの写真が気になったようだ。いくつかクリックして写真を見せると、山田さんは目を細めるようにして静かに微笑んでいた。

「終わりましたよ。あとはお孫さんが、おばあちゃんであることに気づいてくれれば、連絡が取れるようになります。」

僕の手に額をこすりつけるようにしながら、ありがとうありがとう、と何度もお礼を言った。

「介護士の斉藤さん、ですか?」

出棺を見届けて少し惚けていた僕に青年が声をかけてきた。
納棺の際に歯を食いしばって涙をこらえていたこの青年がお孫さんなのだろう。
僕が「はい」と答えると青年は深々と頭を下げた。

「その節は本当にありがとうございました」

そう一言だけ告げると逃げるように去っていった。

家に帰るとFacebookにフレンド申請が届いていた。
差し出し人の名前は、Takashi Yamadaとなっている。
すぐにフレンド登録し、彼のページを覗いてみた。
友達と撮った写真の中に山田さんと一緒に写った写真も数多く載せられていた。
写真の中の二人はともに目を細めて笑っていた。

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