トロフィーを取り戻す

トロフィーを取り戻すこの記事は実話を基に関係者へのインタビュー、および独自取材により構成したものです。特記がないかぎり、登場する人物・団体の名称は仮名を使用しています。
取材にご協力いただいた皆さま方、ご協力に深く感謝します。
We really appreciate your cooperation.

世界が揺れる

ドドドドガッ!

大きな衝撃音。
その音を聞いた次の瞬間、俺の体はベッドから振り落とされた。

「なんだよ、これ…。」

起き上がろうとしたその時、目の前が大きく揺れた。

棚や机に積んでいたあらゆるものが落ちていく。
本能的に身を起こそうとしたが、
あっけなく床に倒れ込んだ。

「ぐは!世界崩壊がきやがったのかよ!」

地面が縦に横に動いている。

天井から吊るしたランプが180度に揺れる。
絶対的な恐怖と死への予感。

目の前を何か大きなものが落ちていく。

床に落ちたそれは、8年前の大会で優勝したときのトロフィーだった。
数センチずれていたら、頭を直撃していただろう。
「頼む!助けてくれ!」
二度と祈ることはないと思っていた神に祈っていた。

真っ暗の部屋の中で

祈りが通じたように、大地の揺らぎが収まった。
ゆっくりと身を起こす。
電気のスイッチを押したが、明かりはつかない。
真っ暗の中で目を凝らす。
特大の嵐が一晩荒れ狂ったように、
部屋の中はめちゃくちゃになっていた。

「今のは地震だよな…相当でかいぞ」

時計は午前3時。
いつもなら、まだバーで飲んでいてもおかしくない時間だ。
前日の博打のせいで、昨日は財布がからっぽで
バーにはいかず、早くベッドに入ったのだった。

テレビをつけてみると、地震速報が流れている。

確かなことはわからない。

「けっこう、やべえんじゃねーの、これ」

家族なんていたんだ

部屋の外で大勢の人が集まって騒いでいるのが聞こえる。

ドアを開けると、アパートの住人たちが心配そうに話し合っていた。

「ユアン!大丈夫だったか?」

隣に住むジェロニモが俺の名を呼びながら駆け寄ってきた。
俺と同じように、日雇いの仕事でその日暮らしをしている男だ。
モヒカンだからジェロニモ。本名は知らない。

「ああ、なんとか生きてる。他の奴らは?」

俺が聞くと、ジェロニモは弱りきった顔を向けた。
「このあたりのやつらは大丈夫そうだ。
でも電話が通じない。
隣の町に俺の家族が住んでいる。
今から様子を見に行ってくるつもりだ。」
「へー、お前にも家族なんていたんだ。」
「まあな、妻とガキがひとりづつだ。
俺は追い出されたみたいなもんだけど。
あいつら、誰も頼るやつがいないから、
こういう時くらいは、俺がいかないとな。」
「ああ、そうだな。」

俺は俺を心配するやつもいなければ、

俺が心配するべきやつもいない。
両親ともに数年前に相次いでなくなっていたし、
妹は別の国に働きに行っていて、ここ数年連絡をとっていない。
小走りで自分の部屋に戻っていく
ジェロニモを見ながら、俺は一人ため息をついた。

トロフィーを受け取った日

自分の部屋に戻りテレビをつけると、地震の震度や震源地、
被害規模などが発表されている。
被害の映像なども流れ始めている。
散乱した瓦礫。
倒壊した家屋。
破裂した水道管。
救急車で運ばれる人々。

だが、俺には誰も心配するやつがいないし、

助けないといけない人間もいない。
裏を返せば、誰も俺を心配しないし、
誰も俺を助けないということだ。

テレビでは、余震に注意するように繰り返している。

床に転がったトロフィーが目に入る。

あのトロフィーを受け取る前なら、
心配するやつも、心配してくれるやつらも
たくさんいたんだけどな。

8年前、俺は高校生でサッカーチームのキャプテンだった。

攻撃力と俊敏性に定評のあるそのチームは、
得点力において群を抜いていた。
その得点の決め手だったのが、ミッドフィルダーの俺だ。
文字通りチーム全体の要となり、得点に繋がる流れを
作っていた。

その夏の地区大会は、すべてのおいて順調だった。

チームメンバーそれぞれが、期待された以上に動き、
期待された以上の役割をこなし、チームは難なく
決勝に進んだ。
ここで優勝すれば次は全国大会だ。

あのチームならば全国大会でも勝ち進める自信があった。

ここで活躍すれば、プロ選手としての道も開ける。
俺も含め、多くのチームメンバーがそれを目指していたと思う。

あの頃の俺はチームメンバーを信頼してプレイしていたし、

チームメンバーも俺を信頼して付いてきていた。
こいつらとなら絶対にいける、と俺は信じていた。
試合前日に監督と話をするまでは。

取引だと監督は言った

練習が終わると、監督が俺を呼んだ。

片付けが終わったグランド。
夕日が落ちて暗くなり始めていた。
ベンチに腰掛けた監督の顔には
影がさしていて表情が良く見えなかった。

俺は監督に言った。

「いよいよ、明日が決勝ですね。
チームの気力も十分だ。
このままなら、絶対にいけますよ。」

「そんなことはないよ、ユアン。」

あの時の監督の声はいつもの監督の声とは違っていた。
聞いたこともない誰か、知らない大人の声だった。
俺はそんな声は聞いてはいけなかったのだと
今でも思う。

監督が続ける。

「明日の試合はな。俺達は負けるんだ。
そう決まっているんだよ。」
「は?」
「お前がパスをいくつかミスするんだ。」

これは警告なのか?

監督は俺に気を引き締めろ、と言いたいのか?
戸惑いながら俺は尋ねた。
「それは予言ですか?」
監督はあっさり答えた。
「いや、監督としての指示だ。」

俺の頭は混乱した。

監督が顔を上げる。

「明日の試合は負けるようにしてくれ。
そのかわり、お前はプロになれる。
これは取引だ。
取引はわかるな。
何かを得るために、何かを差し出さなければならない。
お前が得るものはプロ選手としての道。
差し出すのは明日の勝ちだ。」

「それは、どういうことですか?」

本当は俺はぼんやりとわかっていた。
何かの事情で、全国大会は相手チームが行かなくては
いけないのだろう。
何かの事情で、俺がそれに協力すれば
俺はプロになれるのだろう。

「お前は多くのことを知る必要はない。

ただ、俺の指示を守れ。とても自然に。
フライパンの上に落とした卵が
目玉焼きになるように。」
「わかりました。」

次の日の試合で俺は言われたとおりに、いくつかの

パスをミスした。
しかし、チームメンバーがうまくフォローをした。
得点もした。
そのたびに俺の気持ちは沈んでいく。
「これじゃあ勝っちゃうじゃないかよ!」

終了間際、焦った俺は、めちゃくちゃな方向にボールを蹴った。

放物線を描いてボールが落ちるとき、
ボールに駆け寄っていく、チームメイトの顔が見えた。
いつもと同じ、最高のプレーをしようするときの顔だ。
必死でボールに追いすがる顔だ。
俺は今どんな顔であいつを見ているのだろう、と
思った。
結局俺達のチームは地区大会で優勝し、
俺はトロフィーを受け取った。

プレイを見れば相手のことがわかる

それから先のことはあまり思い出したくない。
監督から呼び出され、結果をなじられた。
そしてプロになる話もなくなった。

ロッカールームに戻ると、

チームメイトが冷たい目で俺を見た。
彼らは何も言わなかった。
俺と監督との間でかわされた取引のことは
誰も気付かなかったとしても、
何らかの意図を持って俺がミスをしたことは
ばれていた。
チームメイトだから。
プレイを見れば、なんとなく相手の考えていることは
わかる。
俺はトロフィーを持って家に帰った。
そしてチームをやめた。
監督は別のチームの監督になったと聞いた。
チームメイトとはそのまま疎遠になった。

俺はあのときの取引で決定的な何かを

失ってしまったのだと思う。

誰かに心配されている誰か

テレビは、同じような情報を流し続けている。

たまに思い出したように余震がきて
部屋が揺れる。

この状況を投稿しようと思って、最近はまっているTwitterを開いた。

Twitterはいい。友達がいなくても、ひとりじゃない気がする。

自分のTLはすでに地震関連の話題で埋まっていた。

被害状況をレポートするつぶやき、
救援を要請するつぶやき、
知り合いに無事をつたえるつぶやき。
いつものTLとは違う緊迫感がある。
ふと、誰かが誰かを探しているつぶやきを見つけた。

『アリス・ワーレンに関する情報があれば、Chile Earthquake Person Finderに情報をお願いします。または私にご連絡ください。至急。#chile #quake』

英語のつぶやきだ。

ふと、これに返信をしてみる気になった。
誰だか知らない相手の大事な相手。
俺の人生にはまったく関係のないアリス・ワーレン。
誰も心配されない俺が、
誰かに心配されている人を探す。

『@シェラ 私チリ住んでます。手伝えること、ありますか。メール下さい。メールアドレスはjyuan@・・・』

得意ではない英語で返信をする。

意志は伝わるだろう。

トロフィーは俺の頭を避けて落ちた

数分後にメールが届いた。
アリスの電話番号、住むエリア、特徴などが書かれている。
アリスはアメリカの研究者の女性で、調査のためにチリのサンティアゴに滞在しているという。
メールに書かれた電話番号にかけてみる。
ツーツーツー。
通じない。
時間をおいて何度か試してみるが、
呼び出し音はならなかった。

テレビでは、特定地域で停電が発生し、電話回線が不通になっていると

伝えている。
悩んだ末にメールを送った。

『その地域、被害大きい、電話通じない。住所あれば、見に行ってくる。歩いて1時間で着く。』

送信したあと、頭の中で別の自分がささやく。

「おいおい、本気かよ。
まだ余震が続いて、道路もめちゃくちゃな中、
歩いてサンティアゴまで行くのかよ。
見も知らぬ女のために?」

いつもなら、そんな行動には出ないだろう。

しかし、あのトロフィーが頭をかすめて落ちたとき、
まだ人生がやりなおせる気がした。
もう少しずれていれば、頭を直撃していた。
あの重さのものがあの高さから落ちてくれば
怪我どころではすまないだろう。
あの時の自分が受け入れた取引の続きを
あのトロフィーが申し出たような気がした。

「あのトロフィーは俺の頭を避けて落ちた。

あのトロフィーは俺を生かした。
生かされた俺は、何かをしなければならない。」

アリスの住所がメールで送られてきた。

それをメモして、玄関を出た。

正しい方向

玄関を出た瞬間、足がすくんだ。
街が壊されている。
まるで、小さな子どもが癇癪を起こして
街を放り投げたようになっていた。
古いビルは崩れ落ち、道路にはヒビが入っている。
木が倒れ、電柱がへし折れている。

それでも俺は前に進んだ。

途中、行きつけのバーをのぞいた。
馴染みの店主が途方にくれたように
座り込んでいた。
「大丈夫か?」
尋ねると店主が弱々しく答えた。
「ああ。だけど、みんなめちゃくちゃになっちまった。
もうおしまいだ」
「生きてんだから、またやり直せばいいんだよ。
また落ち着いたら、ここに通うからさ。」
「ありがとう。お前、今日はなんか頼もしいな」
店主が少しだけ笑った。

通るつもりだった道路が陥没して封鎖されていた。

「しかたない、別の道を行こう。」
ふと、昔読んだ何かの小説の一節が思い浮かんだ。
『結果だけを求めると人は近道をしたがるものだ。
しかし大切なのは、正しい方向に向かおうとする意志だ。』
そもそも正しい方向が何か、考えたことが
なかったな、と俺は思った。
今の俺にとって正しい方向は、
アリスが住む場所にいって、彼女の安否を彼女の家族に知らせることだ。

彼女の手法は進化する

アリスが住むエリアは、俺のエリアよりもさらに
状況がひどかった。
示された住所のアパートは、一部が崩れかけている。
玄関のドアには、メモが貼ってあった。

「倒壊の危険あり!

避難所に避難してください。」

アリスの部屋のインターフォンを押してみたが、

応答はない。
彼女は無事なのだろうか。
俺は玄関のメモに書かれた避難所に行ってみることにした。

避難所は近所の小学校の体育館だった。

何人もの人がそこに身を寄せ合っている。
ケガをしている人もいる。

そばを通った男に声をかける。

「アリスというアメリカ人の女性を知りませんか。
茶色い髪で、小柄な女性なのですが。」
「どうだろうか、あそこで名簿を作っているから
聞いてみな」
男の指差した方向には、何人かが集まって
避難民たちの状況を聞いている。

「すみません、アリス・ワーレンさんという女性は

こちらにいますか。」
「ああ、さっきいたよ。確か、あの辺に。」
「ありがとうございます。」

俺はそのあたりの人々の中から

教えられたアリスの特徴に近い女性を探した。
ブルーのシャツを着た女性がいた。

「アリス?君はアリスかい?」

女性が顔を上げる。聡明そうな顔立ちの女性だ。
少し憔悴しているが、けがはしていない。
「ええ、あなたは?」
「俺はユアン、君の義姉さんのシェラに頼まれて
君を探しに来たんだ。」
「シェラが!ああ、連絡をとろうとしているのだけど
つながらなくてこまっていたの。
あなたはどうやって、連絡をとったの?」
「うちはネットワークが繋がっていたから
Twitterで。
実はシェラはTwitterで君の情報提供を呼びかけていたんだ。」

俺が簡単に経緯を説明すると、アリスはびっくりして

笑い出した。
目尻から涙が浮かんでいる。
「そんなにTwitterがおかしいかい?」
「違うの。シェラはいつもそうなの。
周りの人のことをものすごく心配して
大騒ぎするの。
電話をかけまくったり、メールをしまくったり、探し歩いたり。
それが今回はTwitter!
彼女の手法もどんどん進化していると思ったら、おかしくて。
でもうれしい。実はさっきシェラの声が聞こえたような気がしたの。
無事でいて!って。
答えたかったんだけど、私には答えるすべがないから。
あなたがきてくれて本当に嬉しい。」

Twitterとメール

俺はアリスの無事をTwitterに投稿した。
『アリス見つけた!彼女は無事。落ち着いて、と言っている。彼女は元気にしてる』

さらにメールを打った。

『シェラ、

アリス、彼女の家の近くの避難所にいた。
彼女のアパート、すこし壊れている。
住んでいる人、みんな避難所いる。
彼女はケガをしていない。
この地域の被害は大きい。
けれど、水、食べ物はある。大丈夫。
アリスは話を聞いて、びっくりしたけど、笑った。
安心してください。
家族に愛されているアリス、家族を愛しているアリス、うらやましい。
きみの友だち、ユアン』

すぐにシェラから返事が届く。

『ユアン、

アリスは元気なのね、大丈夫なのね!
本当にありがとう。
あなたの親切で私たち家族は救われました。
あなたの勇敢さ、思いやりに感謝します。
ユアン、あなたは私たちにとって、ヒーロであり、そして家族です。
近いうちにあなたの住むマリアリを訪ねます。
一緒に夕飯を食べましょう。
実際に会って、あなたの話をもっと聞かせてください。
あなたの友だち、シェラ』

ヒーローであり、家族。

そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。
サッカーをやっていた時もいわれたことはない。
続けてTwitterを開いてみると、シェラが新しいつぶやきを投稿している。

『アリスが無事だという知らせをたった今受け取りました。ありがとう、素晴らしき新しい友達のユアン!』

俺はさっそくそれに返信した。

『あなたたちを助けられたこと、うれしい!』

来た道を帰る

アリスと別れて俺は来た道を帰った。
何人もの人が助け合っている。
ああ、俺はあのトロフィーを受け取った日から
やり直すことができそうだ、と思った。
空を見上げると、あの試合の日と同じように
どこまでも青い空が続いていた。

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