It gets better:すべてのマイノリティへ

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Ustreamのせいで自殺

初対面の人には、「Alexa」と呼んで、といつも言う。誰も私の本当の名前「Oanh」を正確に発音できないから。

私が7月にシアトルに来てからもう半年が経つ。なんとか生活はできるようになったし、「ベトナム戦争についての君の意見を聞かせて欲しい」と言われるのにも慣れた。だけど、毎日しとしとと降り続く雨が私を憂鬱にする。

ホーチミンでは、雨は夕方に一気に降る。道路が冠水するほど降る。そして1時間も経つと、何事もなかったように晴れ上がる。Oanhはホーチミンの雨みたいだ、と兄たちによくからかわれた。大泣きしてもすぐ泣き止むから。でも今はシアトルの雨のように、毎日途切れなく泣いている。

来年のアメリカの大学進学を目指して今は英語の勉強をしている。学校はそれなりに楽しいけれど、ホーチミンの喧騒や幼なじみの友達が恋しい。庇護してくれる両親や、かわいがってくれる姉や兄と離れて、私は初めて自分がどれだけ守られていたかに気づいた。

ホーチミンの裕福な家に生まれ、年の離れた末っ子として甘やかされて育った。留学したいと言ったとき、両親は大変だけど本当にいいのか、と何度も念を押した。大丈夫だ、と言って渡米したものの、やはり異国での生活は寂しい。自分はこの国のどこにいても圧倒的なマイノリティとして扱われる。

ある日、テレビのニュースを見て言葉を失った。ある大学生が自殺をしたという。原因は、ルームメイトが寮の部屋に隠しカメラをしかけ、彼とその恋人との逢瀬をUstreamで中継したことにショックを受けたためだという。自殺した大学生はゲイだった。

技術の悲劇

どうして、マイノリティはいつも差別をされるのだろう。どうして、それを理由に貶めようとする人がいるのだろう。しかもやることがひどすぎる。個人のプライバシーをUstreamで生中継してしまうなんて。

Ustreamのことは、アメリカに来てから知った。ベトナムではまだブロードバンド環境が完全に整っていないこともあるが、自分の周りではこんなサービスを使っている人はいなかった。個人で生放送ができるなんて、本当にすごいと感激した。しかし、今回のように使い方を間違えると、人を殺すところまでいってしまう。

存在する目に見えない差別の中で

多様性が当たり前と言われているアメリカだが、やはりそこには目に見えない差別が存在する。

シアトルは全米ではサンフランシスコに次いで同性愛者の居住比率が高い都市である。ニューヨークやサンフランシスコのようにゲイのための確立された地域があるわけではなく、自然に溶け込んでいる。それでも韓国人のゲイの友達は言われようのない差別をたまに受けるという。「露骨な差別をする人は少ないけど、やはり微妙に避けられたりすることがあるよ。」と彼は言う。なんとなくその雰囲気はわかる。

シアトルはベトナムからの移民が比較的多い。ベトナム人の経営するベトナム料理の店も多いし、ベトナム系のスーパーも、美容院もある。多分、他の都市よりも住みやすいのだろうけれど、それでも一般のアメリカ人の知識には、ベトナム=戦争しかない。間違ってはいないし、彼らにとっても重要な意味を持つのだろうが、それ以上のことを彼らは知らないし、知ろうともしない。

自分とは違うものを認めない人間がいる

「元気がないね」と姉が言う。毎週末は家族と電話をする。電話代がすごくかかるけれど、これがなかったら私はやっていけないと思う。

思い切って姉にUstreamの事件のことを知っているかどうか聞いてみた。姉はそのニュースを知っていた。そして低い声で言った。

「自分とは違うものを、大勢とは違うものを、認めないという種類の人間がいる。自分が正しいと思っていて、その正しさは他の人にも正しいはずだと信じてしまっている人は、自分がどれだけ傲慢で、人を傷つけているかということに気づいていない。でもそれはしょうがないの。その人たちを変えることも止めることもできないわ。」

私はそれを聞いて悲しくなった。じゃあ、私はどうやってその差別と孤独をやり過ごしていけばいいのだろう。

It Gets Better Project

姉が続けた。

「でも、差別を受けた側が変わることはできるのよ。教えてあげたいプロジェクトがあるの。Oanh、パソコンを開いてみてくれる?」

姉に言われたとおりにパソコンを開く。ブラウザに言われたURLを開く。

「それは、『It Gets Better Project』っていう活動なの。実は、同性愛者やバイセクシャルの人の10代での自殺率は、異性愛者の約1.5倍という統計もあるんだ。自殺の理由は様々だけど、やはり自分の性的嗜好を周りに話せなかったり、カミングアウトしても周りから受け入れられなかったりするということも一因なのだと思う。

でもちゃんとそういった困難をサバイブした人もいる。そのプロジェクトは、そういう立場の人から10代の悩める子たちに贈るメッセージなのよ。どれでもいいから聞いてごらんなさい。」

私は適当に選んだビデオをクリックした。ある男性が半生を語る。友達にも家族にも受け入れられなかった時代。しかし、時が流れパートナーができ、理解者も現れ、ついに家族にも受け入れられるようになった。It gets betterと彼は繰り返す。

すべての人がマイノリティ

「It gets betterっていい言葉だね。」

姉に伝えると、姉は笑って言った。

「そうね、つらい状況は何かの拍子に簡単に変わることがあるし、自分で変えていくこともできる。人は誰でも必ずどこかでマイノリティなのよ。それは人種かもしれないし、国籍かもしれないし、性的嗜好かもしれないし、もっと単純なことかもしれない。でも誰もが受け入れられる権利があるし、誰も他人に生き方を強制することはできないのよ。」

うん、と私はうなずいた。

「大学生の自殺のニュースはアメリカでも衝撃が大きかったのね。オバマ大統領もそのプロジェクトで動画を流しているからあとで見てみるといいよ。彼もマイノリティであるからね。」

「そうなんだ、ありがとう、お姉ちゃん。」

「また電話しようね、Alexa。」

姉は最後に私を英語名で呼んで電話を切った。Alexaは「他人を護るもの」という意味がある。私はずっと守られて生きてきたけれど、いつか誰かを守れるくらいに強くなりたいと思ってこの名前にしたことを思い出した。

「It gets better, Alexa!」

この記事は実話を基に関係者へのインタビュー、および独自取材により構成したものです。特記がないかぎり、登場する人物・団体の名称は仮名を使用しています。
取材にご協力いただいた皆さま方、ご協力に深く感謝します。
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