デジタルに恋して

「私に見る目がなかっただけなんですよ。」とユカがさっきから何度も同じ言葉を繰り返している。

長いまつげがしっとりと濡れている。ユカは手足が細く、まっすぐな長い黒髪の女の子だ。若くて、とてもきれいで、なにより素直で、男だったら放っておかないだろうというタイプの子だ。実際にもてるんだろうけれども、今こうして失恋をして泣いている。

慰めようにも慰められなくて、私はユカにビールを注ぐ。元はと言えば、ユカがある男に遊ばれていることを本人に伝えたのは私なのだ。ユカは周りの人がみんな笑って見ているのにも気づいていなかった。でも自分でも少し違和感を感じ、ついに私に聞いたのだ。私がネットに詳しいという理由で。

王子だと思った

「本当に王子みたいだったんです。人の悪口とか不満とか言わないし、自慢もしないし、それでいて余裕があるし、すごくロマンチック。こんな人が本当にいるんだって思った。」

ユカはその王子をTwitterで見つけた。始めたばかりで、フォロワーもまだ少ししかいなかった頃。王子のほうからフォローしてきて、次第に@でやりとりするようになったという。

「私がツイートするとすぐに@を返してくれるんですよ。疲れたって言えばカモミールティーがいいよ、とか。今日は仕事で失敗したっていうと、なごむ写真を送ってくれるし、いい天気!って言えば、一緒にお散歩しようよ、Twitterしながらwとかいってくれるんですよ。いつも、私のツイートに優しく返事をくれていたんですよ。」

まだ王子を擁護するようなことを言うユカの顔は怒っているようで、困っていて、それでいてひどく悲しそうだ。

「まぁ、疲れたっていう単語があれば、疲れに聞く方法を返して、失敗とか落ち込むっていう言葉がでてきたら、なごむ写真とか音楽のリンクを送るようにしていたんだからねぇ。」

やんわりと私が言うと、ユカがため息をつきながら続けた。

「私、ネットで知り会った人を好きになるなんて絶対にないと思っていたんです。たまに聞くけど、それはごく一部の特殊な人だろうと思って。でも彼をフォローしてから、こんなに紳士的で優しくて、人を切なくさせる人がいるんだと思いました。いつの間にか、彼からの返信を待ちわびるようになって。」

そもそもユカはそんなにネットをするわけではない。Twitterはテレビで紹介されているのを見て始めた。Twitter歴は約半年というところだ。いつも携帯からTwitterをしている。会社への行き帰りや、暇な夜にたまにつぶやく程度で、何日も開かない時もあるという。

「今でも信じられません。彼がボットだったなんて。」

王子ボットの仕組み

ユカがひっかかった王子ボットは次のような仕組みだ。

ボットのプロフィールは「写真/ガジュマル/コーヒー/日が沈みかけの海と空。猫と暮らしています。」で、アイコンはアーティスティックな白黒写真。

自分で発信するツイートの内容は、女の子が好きそうな歌の歌詞をアレンジしたものと日常で見つけたちょっといい話の2種類だ。どうとでもとれるような詩的な言葉と日々の小さな幸せを混ぜて、1日に4−5回ランダムにツイートする。

相互フォローしている女の子(と想定できるTwitterユーザー)のツイートを取得し、特定の単語に@返信をする。単語ごとに複数の種類があって、ランダムで選択して自動的に送信する。

ボットへの恋

「でも、なんか変だなーとかは思わなかったの?この前と同じこと言うなーとかさ。」

しばらくやり取りしていれば、生身の人間とは違う妙な違和感があるだろうと思った私は聞いてみた。

「同じことをつぶやくのは誰かがRTしたからかなぁ、と思ってました。他の女の子にも私と同じアドバイスしているのを見つけたときは、結構むかつきましたね。ヤキモチですよ。だから私もあわてて彼に@を飛ばしたりとか。」

「ずれているなぁと思ったことは?」

「あまりないですね。基本、彼は私の言葉を受け止めて共感してくれるので。でも『業務完了(猫遊び)、疲れたー』みたいなことをツイートしたときに『業務で疲れたの?最近、仕事忙しいみたいだね。お休みしないとね』って返ってきたことがあって、あれ?って思ったけど。でもまぁTwitterだから猫遊びのところ、見逃しちゃったのかな、くらいに思っていましたよ。」

「ツイートの中の単語を組み合わせて返信するんだ。よくできているね。」

「強いて変なことといえば、どんな時間でも返事くれることですかねぇ。」

「ま、普通はそこでTwitter廃人かなとか思って、ツイート時間を見たりするけどね。で、その人のTLを少し追ってみればボットだって気づくでしょ。」

「さすがー!そういう手があったのかー。」

嘘だらけの中で

ユカはもう泣き止んでいて、焼き鳥を食べ始めた。泣き出したときはどうなるかと思ったけれど、そこまで傷は深くないみたいだ。

オンラインのプロフィールはどうにでも書けるし、キャラクターも作れる。そんなことは大抵の人はわかっているのに、なぜかオンラインの情報だけで恋をしてしまう人がいる。ユカのようにボットに恋をしてしまう人もいるし、わざとそういうボットを用意する人もいる。

だからオンラインの情報は信用できない、嘘ばかりだという人もいる。でもそんな嘘ばかりの中にも何かの関係が生まれることもあると私は信じている。ユカは私がTwitterで知り合った女の子だ。ユカが本名なのかどうかは知らないけれど、私はユカはユカでいいと思っている。

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